初めて来てくれたあなたへ~問いと答えの論理学

こんにちは。Yukiです。

無名のブログに訪れていただきありがとうございます。

 

「旅するカフカ」という名前が、

インターネット界隈で浸透してきていることから、

検索など通じて、このブログに辿り着かれたのだと思います。

 

タイトルにも書かせていただいた、

「旅するカフカとの対話」の意味は、

直接の対談ではなく、インタビュー記事でもありません。

 

人生をより豊かに、

そして人間が本来持っている卓越性を発揮するために重要な、

「在り方」を、多くの方にシェアしたいという意図があります。

 

「面倒ごとはごめんだ!」

と、思われた方は、ここでブログを閉じてください。

 

面倒なことを話そうと思っていますし、

個人的な傾倒が哲学や人間そのものなので、

お勉強感があって、面倒な話だからです。

慣れないブログで、個人的にも大変エネルギーを使います(苦笑)

 

主体的な気持ちがなければ、

時間の浪費になりかねないので、先にお伝えいたします。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

読み進めてくださりありがとうございます^^

 

あなたの真剣な気持ちに応えられるように、私も全力で取り組んで参ります。

(更新ペースは推敲などの兼ね合いで遅いため、ご容赦いただけますと幸いです)

 

ブログのタイトルにも書かせていただいた、

こちらからお話しさせてください。

 

 

All history is the history of thought.

「すべての歴史は思想の歴史である」

ロビン・ジョージ・コリングウッド

 

 

イギリスの哲学者コリングウッドはこんな言葉を残しています。

この言葉は、私たちに大きなヒントを与えてくださっていると、

強く感じてます。

 

思想は人間の物事の見方、捉え方を意味する言葉ですが、

各時代で起きている社会情勢や人間関係など環境要因があって、

刹那的な状況で生まれる「問い」と、その問いから生まれる「答え」であり、

「概念」「パラダイム」といった言葉に言い換えることができます。

 

逆説的に言えば、はじめから決まった歴史などはなく、

「一対の問いと答え」である思想の集積によって、

歴史は築かれていくものということ。

 

「はじめから答えなど存在しないんだ」

「答えというのは、問いの後ろについてくるものなんだ」

 

そんなコリングウッドの主張を感じました。

「すべての歴史は思想(=一対の問いと答え)の歴史である」

 

 

ふと、思い返すと、どうも人間というのは答えを求めたがる風潮にあるようで、

自分自身に当てはめても、やはり思い当たる節があります。

 

17歳の頃、進路をどうすべきか迷い、

あてもなく書店に入った時に出会ったロバート・キヨサキの本が、

その後の人生の選択を変えていきました。

 

しかし、当時、本の読み方や情報の探し方というのは、

「答え」を探すことでした。

 

どうすれば、自分の理想を叶える答えが見つかるんだろうと。

 

2016年にインターネットを通じてカフカさんと出会い、

彼の思考に触れ続ける中でようやく、あることに気づくことができました。

 

と、いうより以前から漠然と気づいていたけど、

それが明確になったという方が正しいかもしれません。

 

それは「対話」するということです。

 

人間は物事を五感で感じ取り、経験から様々な解釈をします。

その解釈の多くは主観的で、悪く言えば「偏見」で満ちています。

 

「価値の基準を持つ」ということをまずは考えて欲しいのです。

 

人間は3つの土台で物事を考えます。

  • 善悪
  • 認識
  • 存在

 

善悪とはそのままの意味で、その人にとって「良いか悪いか」、

認識はその人にとっての「物事の捉え方」で、どちらも主観的なものです。

 

存在というのは、実体の伴ったものや、普遍的なものです。

マクロ的に見れば歴史の淘汰を経て残った哲学や思想などで、

ミクロ的に見れば個人的な想像ではない経験や、その場にある実体です。

 

反応的に即判断するのでなく、客観視して判断するという順で

価値を捉えることが大事です。

 

個人的に料理やお菓子作りが好きなので、少し例えにあげるとこんな感じ。

 

「この食材は、ニュースで発がん性があると報道していたから使えないな」(=善悪)

「この食材は、ニュースで危険だと報道されているらしい」(=認識)

「この食材は、ニュースで危険だと報道されてるけど、別の研究機関では特定の条件の場合だけ危険性が確認されているそうだ。気をつけてさえいれば問題ないようだし、味も香りも良くて、栄養価においても優れているのだから積極的に取り入れよう」(=存在)

 

それぞれのイメージは捉えていただけましたか?

もう一つ例に挙げると、日本の国民食である「お米」についてです。

 

マクロビオティックやスーパーフードに関連して、

玄米の栄養や効果に注目が集まりましたが、

一方で、海外ではお米の含有成分である「無機ヒ素」を危険視して、

摂取制限を設けられたりしています。

 

また、栄養素以上に消化負担や吸収率の観点から、

玄米より白米を積極的に摂るべきだと見直されていたりもします。

 

大事なことは、情報に操られるのではなく、

情報を正しく捉えて、正しく取り扱うこと。

 

「自分は何も知らないんだ」という謙虚さからくる

無知の知が根底にあれば、「価値の基準を持つ」という意識は、

それほど難しいことではないと思います。

むしろ日本人は得意なはずです。

 

この意識を持って、具体的にどのように物事を捉え、考えるべきか。

それは「問い」を持つということで、仮説を立てながら思考するということ。

 

「対話」という思考、学習法は意識してみると、誰でも日常的に経験があるはずです。

以下のようなイメージを思い浮かべてください。

 

  1. 無知から知ることではじまる。
  2. 知ることで考え、経験して成長する。
  3. 成長した自分で再度見直す。
  4. 新しい発見がある。
  5. 発見する(=知る)ことで考え、経験して成長する。
  6. 成長した自分で再度見直す。
  7. 新しい発見がある。
  8. 発見する(=知る)ことで考え、経験して成長する。
  9. 以下エンドレス。

 

個人的な経験に当てはめるとこんな感じです。

 

  1. レストランで食べた料理に感動する。
  2. レシピを探して、料理してみる。
  3. 疑問を持つ。「なんでプロの料理は美味しいのか」
  4. 素材の選び方が違うことを知る。
  5. どうやって選ぶのかを学び、実際に素材を見て選んでみる。
  6. 疑問を持つ。「なんで同じ素材なのに味が違うのか」
  7. 素材の切り方が違うことを知る。
  8. 素材と料理に合った切り方を学び、実際にやってみる。
  9. 以下エンドレス。

 

日々の学習はこの繰り返しで、自問自答の連続です。

 

再度、コリングウッドの主張を見返します。

「すべての歴史は思想(=一対の問いと答え)の歴史である」

 

答えがはじめからあるのではなく、

問いがあるから、その答えが後ろについてくるだけ。

 

たったひとつの答えを追い求めたとしても、

それは時代や環境要因が関係するため、

まったく同じ条件というものは当てはめることができない。

 

料理なら季節、気候、素材、調理器具、調理する人、料理を食べる人、料理を食べる場所、et cetera・・・。

 

しかし、経験から学ぶことはできる。

 

物事を安易に捉え鵜呑みにせず、主観だけで判断するのでもなく、

妥協するのでもなく、バランスを取るでもなく、

 

踏まえて乗り換えた先の「調和」を追い求める姿勢こそが、

人間に与えられた最大の力「知性」というものだと思います。

 

調和が得られなければ諦めるのではなく、

一旦保留し「問い」として残すことによって、

いずれ芽吹き、花開く時がくるはずです。

 

謙虚な姿勢それだけで、その他大勢から一歩抜きんでることができ、

人間に与えられた「知性」を発揮できれば、

追い求める理想に向かって着実に歩み進むことができます。

 

 

The test of a first-rate intelligence is the ability to hold two opposed ideas in mind at the same time and still retain the ability to function.

一流の知性とは、二つの対極的な見方を同時に心の中に保ちながら、機能することができる力のことである。

スコット・フィッツジェラルド

 

 

多くの人が反応的に「No」という物事に対して、

「なぜ」この主張なのか、一旦立ち止まり思慮して、

客観的に物事を捉えたうえで、主体的に判断する。

 

自問自答と他者との議論、どちらの場合でも、

「止揚」「揚棄」を求める姿勢は失わずにあって欲しいと思います。

 

 

「平凡なものを緻密に見れば、非凡なものが見えてくる。」

日本画家 東山魁夷

 

 

カフカさんと関わらせていただき、彼の在り方に感銘を受け、

人間的にも大きく成長させていただきましたし、

知るほどに「なんて無知だったんだろう」と、

改まる思いと共に、将来の可能性にわくわくしています。

 

 

このブログでは、参加型のワークや企画もやっていきたいと考えています。

 

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ご感想やご質問なども直接メールくだされば、楽しみに拝見させていただきます。

 

是非、一緒に成長していきましょう^^

対話する希少な(=未来を生きる)仲間たち。

 

それでは今回はこの辺で失礼いたします。

長文お読みくださりありがとうございました!

 

Yuki

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